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名古屋地方裁判所 昭和51年(行ウ)12号 判決

原告 葛谷忠孝

被告 一宮税務署長

代理人 岸本隆男 岡部貞美 ほか三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

被告が原告に対し昭和四九年二月二六日付でなした、昭和四五年分総所得金額を九八四、〇〇〇円とする更正処分のうち四〇八、〇〇〇円を超過する部分、同四六年分総所得金額を一一四六、〇〇〇円とする更正処分のうち三八二、〇〇〇円を超過する部分、同四七年分総所得金額を二、三〇八、〇〇〇円とする更正処分のうち六〇八、〇〇〇円を超過する部分、をそれぞれ取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求めた。

(被告)

主文と同旨の判決を求めた。

第二主張

(原告)

請求原因

一  原告は、織物業を営むものであるが、昭和四五年分、同四六年分、同四七年分の所得税につき、別表一「課税処分表」の「確定申告額」欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告は原告に対し昭和四九年二月二六日付で同表の「更正及び賦課決定額」欄記載の更正処分をなした。

二  しかしながら、右各更正処分は総所得金額が確定申告の総所得金額を超過する部分につき違法であるから、その取消を求める。

(被告)

請求原因に対する認否

請求原因一の事実は認める。

本件処分の適法性

一  被告は、原告の昭和四五年分、同四六年分及び同四七年分(以下「係争各年分」という。)の所得税にかかる確定申告の内容について調査したところ、そのうち営業所得金額が原告の営業の実態等からみて過少と認められたので、昭和四八年七月頃から被告の所属係員を原告方に赴かせ、実地に調査を行なわせた。右係員は原告に対し、再三、再四営業に関する帳簿書類等資料の提示を求め、かつ、係争各年当時の営業の概要及び原告の確定申告にかかる営業所得金額の計算根拠等について説明を求めたが、原告はこれに応じなかつた。

そこで、被告は、原告の営業所得金額を実額で計算することができなかつたので、やむを得ず原告の取引先等を調査して得た資料を基にして原告の売上金額を算定し、外注工賃額については同業者の平均外注工賃率を原告に適用して算出するなどして、推計の方法によつて原告の営業所得金額を算定した。

二  右営業所得金額に農業所得金額を加えた総所得金額は別表二「総所得金額計算表」のとおりであり、右営業所得金額の計算内容は次のとおりである。

1 売上金額

被告が原告の取引先を調査した結果判明した取引金額である。そのうち、取引先である内藤柳に対する昭和四七年分の売上額は一〇五、〇〇〇円である。

2 必要経費

(一) 売上原価

織物受託加工業においては、材料は委託者から支給されるので売上原価はない。

(二) 一般経費(外注費を除く。)

本件審査請求時に原告が主張した額を採用した。ただし、昭和四七年分において原告が特別経費として主張した、売上先内外紡織株式会社に支払つた親睦会会費一六、〇〇〇円は、一般経費に算入した。

(三) 外注工賃

(1) 外注工賃率

原告は、係争各年当時自己所有の織機三台をもつて見本織物の加工業を営んでいたので、被告は、原告の取引先と取引のあつた見本織物加工業者(見本業者)のうち後記選定基準に該当する者の課税事績について、右見本業者を所轄する一宮、津島、岐阜南の各税務署長から報告を求めたところ、右選定基準に該当する者は、昭和四五年分五名、同四六年分四名、同四七年分二名であつた。そこで、これらの者の平均外注工賃率(外注工賃を売上金額で除した比率の平均値)を算定した結果は次のとおりとなつた。

昭和四五年分  七・六七パーセント(別表三)

昭和四六年分 一二・五〇パーセント(別表四)

昭和四七年分 三〇・七四パーセント(別表五)

(2) 選定基準

昭和四五年分ないし同四七年分の所得税の確定申告書を所得税法一四三条による青色申告書により提出している者で、次のいずれにも該当するもの。

イ 個人で見本織物のみを加工している者。

ロ 年間の収入金額が、昭和四五年分については一六〇万円以上五一〇万以下、昭和四六年分については一九〇万円以上五八〇万円以下、昭和四七年分については二五〇万円以上七六〇万以下の者。

ハ 織機の所有台数が二台以上五台以下の者。

ニ 次の各号に該当しない者

(イ) 年の中途において開業、廃業、転業又は業態を変更した者、あるいは他の業種を兼業している者。

(ロ) 所得税法六七条の二によつて、いわゆる現金主義による決算を行なつている者。

(ハ) 更正又は決定処分が行なわれた者のうち、国税通則法に基づく不服申立期間又は出訴期間を経過していない者、並びに不服申立又は訴訟中の者。

(3) 外注工賃額

原告の売上金額に平均外注工賃率を乗じた金額である。

(四) 雇人費

係争各年分を通じて、原告の事業に従事した雇人は葛谷節子(原告の兄嫁)のみであり、同人には賞与は支給されていなかつた。

そこで、被告は、昭和四五年分及び同四六年分については、本件審査請求時において原告が主張した雇人費から原告主張の葛谷節子に対する賞与の額(昭和四五年分四四、〇〇〇円、同四六年分六〇、〇〇〇円)及び葛谷節子以外の者に支払つたと主張する額(昭和四六年分二〇、〇〇〇円)を控除した額を当該係争各年分の雇人費とした。

(五) 建物減価償却費

本件審査請求時において原告が主張した額を採用した。

三  以上により、別表二の各総所得金額の範囲内でなされた本件処分は適法である。

(原告)

被告の主張事実に対する認否

被告の主張事実一は争い、同二のうち、売上金額中、内藤柳に対する昭和四七年分の売上額は否認し、その余の売上金額は認め、必要経費中、売上原価、一般経費及び建物減価償却費は認めるが、外注工賃及び雇人費は否認する。農業所得金額は認める。

原告の主張

一  被告は外注工賃額を推計によつて算出するにあたり、ことさら原告の売上先と取引のある見本業者に調査範囲を限定している。このような調査方法による限り、調査資料は極めて限られたものであり、他の見本業者における外注工賃の実態が無視されている。また、外注への依存度は織機台数ばかりでなくむしろ従事者数によつて大きく影響を受けるのに、被告が抽出した納税者のそれぞれについて織機台数、従事者数が明らかにされていない。被告の主張する各外注工賃率は納税者間に余りにも大きな格差が存しており、これらの者の各率の総和を単純に納税者数で除するという方式によつては、適正な外注工賃率を導き出すことはできない。適正な平均率はさらに多数の者の率を基礎として統計的な処理をしない限り算出することができない。

二  雇人費は次のとおりである。

昭和四五年分

三六〇、〇〇〇円(葛谷節子支払分、月額 三〇、〇〇〇円の一二か月分)

昭和四六年分

三六〇、〇〇〇円(右に同じ)

三五、〇〇〇円(大橋立代支払分、同年一二月のみ)

計三九五、〇〇〇円

昭和四七年分

四二〇、〇〇〇円(葛谷節子支払分、月額三五、〇〇〇円の一二か月分)

(被告)

原告の主張に対する反論

一宮・津島・岐阜南の各税務署管内における青色申告者のうち繊維受託加工業者(子機)は約六、五〇〇名であるが、その提出した確定申告書又は青色決算書に見本業者である旨記載したものは全くないのみならず、右三税務署で管理している他の書類等からも見本業者だけを特定しうるものは全くない。

子機から見本業者を抽出するについては、各子機について個別的に調査をしても、企業機密の点から営業内容について正確な結果を期待できないし、本件のように調査対象件数が極めて多い場合には、全子機を個別的に調査することは不可能である。受託加工業者の組合に対して照会調査しても、組合においては所属組合員が見本業者か或いは原反織業者かについて何ら把握していない実状にある。電話帳を調べても見本業者までの分類記載がないから抽出不可能である。

右の事情のため、被告は、原告と取引のある親機を特定し、その親機と取引のある子機の中から見本業者を抽出するという方法を採用した。原告の親機と取引のある同業者は、原告と何ら取引のない同業者の場合と異なり、取扱い製品、価格、利潤等取引形態が全く同一か或いは少なくとも原告に対する場合と極めて近似していることは明らかであるから、右方法は営業内容において原告と類似する同業者を選定するに適している。このように、本件における同業者の選定においては、事業規模、営業内容、立地条件などについて十分類似性を充足しているから、合理的な方法である。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  原告は本件処分が違法であると主張するところ、本件処分においては推計により原告の係争各年分の営業所得金額が算定されているので、まずその必要性について検討する。

<証拠略>によれば、被告の主張「本件処分の適法性」一に記載の事実を認めることができる。この認定事実によれば、被告所属係員の調査に当たり、原告から営業に関する帳簿書類等の提出がなく、営業の概要や所要金額の計算根拠等についての説明がなされないため、被告としては原告の所得金額を正確に把握することができなかつたのであるから、被告が本件処分をなすに当たり推計の方法を用いて原告の所得金額を算定したことは適法というべきである。

三  そこで、営業所得金額の算定内容について検討する。

1  売上金額のうち、原告の内藤柳に対する昭和四七年分の売上額は、<証拠略>によれば一〇五、〇〇〇円であることが認められ、その余の売上金額については当事者間に争いがない。従つて、売上金額は別表二記載のとおりとなる。

2  必要経費のうち売上原価、一般経費(外注費を除く。)及び建物減価償却費は当事者間に争いがないから、別表二記載のとおりである。

3  外注工賃について

<証拠略>を総合すれば、被告主張の方法によつて同業者の平均外注工賃率を算出することができ、その数値は昭和四五年分七・六七パーセント、昭和四六年分一二・五〇パーセント、昭和四七年分三〇・七四パーセントとなることが認められる。

右算定方法は、対象者の調査範囲、選定基準、資料収集方法、算定式等において、合理的なものと認め得る。そうすれば、原告の売上金額に右平均外注工賃率を乗じた金額をもつて原告の外注工賃額とするのが相当である。

原告は、右算定方法においては調査範囲を原告の売上先と取引のある見本業者に限定しているから適正な結果を期待し得ない、と主張している。しかしながら、原告の売上先(親機)と取引のある見本業者(子機)は親機を共通にする子機であるから、当然取扱い製品、価格、利潤等の取引形態が原告に対する場合と同一ないしは近似しているものと推認されるのであつて、他の同業者よりも類似性を有するものと考えられる。また、前示対象者の選定基準においては従事者数を限定していないけれども、調査地域、企業型態(個人企業)、収入金額、織機所有台数(原告は三台)、その他の条件において原告と類似する対象者を選定しているのであるから、おのずから従事者数においても原告の場合と近似しているものと推認される。従つて、あえて従事者数を選定基準において限定しなくとも不合理とは言えない。さらに、本件における各対象者の外注工賃率相互間には相当の格差が存するけれども、前記のとおり、右対象者らは原告と相当高度な類似性を有するものであり、その人数も昭和四五年分は五名、同四六年分は四名、同四七年分は二名であるから異常に少数であるとはいえない。そして、前記算定方法とは異なり、原告が主張するように調査対象範囲を原告の売上先と取引のある見本業者以外の者にまで拡大し得るかについては、<証拠略>によれば、一宮・津島・岐阜南の三税務署管内には繊維受託加工業者が六、五〇〇軒ぐらいあり、この中から見本業者を特定することは被告主張の如き事由により事実上不可能と認められるから、そのような方法を採用しなくとも、前示算定方法を不合理とすべきものではない。

そうすれば、原告の売上額に前記認定の平均外注工賃率を乗じた金額をもつて原告の外注工賃額とすべきものであり、その金額は別表二に記載のとおりとなる。

4  雇人費について

<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件処分にかかる審査請求において国税不服審判所長に対し営業所得収支基本計算書を提出して雇人費の明細を申立てたが、それによると、昭和四五年分は葛谷節子につき月額給料二二、〇〇〇円の一二か月分で二六四、〇〇〇円、賞与四四、〇〇〇円、昭和四六年分は葛谷節子につき月額給料二五、〇〇〇円の一二か月分で三〇〇、〇〇〇円、大橋立代につき同年一二月分給料二〇、〇〇〇円、昭和四七年分は葛谷節子につき月額給料二〇、〇〇〇円の一二か月分で二四〇、〇〇〇円であると申立てていたことが認められる。ところが、<証拠略>によれば葛谷節子は原告から賞与を支給されたことはないことが認められるから、右申立額から同人に対する賞与分を控除した金額をもつて原告の雇人費と認めることが相当である。<証拠略>中右認定に反する部分は措信し難い。そうすれば、雇人費は、昭和四五年分が二六四、〇〇〇円、昭和四六年分が三二〇、〇〇〇円、昭和四七年分が二四〇、〇〇〇円となる。

四  以上によれば、原告の営業所得金額は、昭和四五年分が二、〇一二、〇八六円、昭和四六年分が二、一〇八、五二二円、昭和四七年分が二、二五七、二二一円であり、農業所得金額については当事者間に争いがないから、その総所得金額は、昭和四五年分が二、〇五五、〇八六円、昭和四六年分が二、一五一、五二二円、昭和四七年分が二、三三九、二二一円となる。

そうすれば、本件処分は、右金額の範囲内において総所得金額を認定しているものであり、所得控除額については原告の明らかに争わないところであるから、適切な処分というべきものである。

五  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 藤井俊彦 浜崎浩一 山川悦男)

別表一、二 <略>

別表三

外注工賃計算表

(昭和45年分)

納税者名

売上金額〈1〉

外注工賃〈2〉

外注工賃率〈3〉(〈2〉/〈1〉×100)

1,846,300

54,350

2.94

1,987,110

74,334

3.74

4,143,700

53,600

1.29

3,320,894

210,250

6.33

2,765,730

666,250

24.09

合計〈4〉

38.39

平均〈5〉(〈4〉÷5)

7.67

(注) 外注工賃率小数点3位以下〈4〉は四捨五入、〈5〉は切り捨て(別表二、三において同じ)

別表四

外注工賃率計算表

(昭和46年分)

納税者名

売上金額〈1〉

外注工賃〈2〉

外注工賃率〈3〉(〈2〉/〈1〉×100)

2,066,438

111,550

5.40

4,519,485

85,000

1.88

3,766,728

303,700

8.06

2,120,004

734,710

34.66

合計〈4〉

50.00

平均〈5〉(〈4〉÷4)

12.50

別表五

外注工賃率計算表

(昭和47年分)

納税者名

売上金額〈1〉

外注工賃〈2〉

外注工賃率〈3〉(〈2〉/〈1〉×100)

6,458,362

1,604,800

24.85

4,252,960

1,558,100

36.64

合計〈4〉

61.49

平均〈5〉(〈4〉÷2)

30.74

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